24歳/教員から会社員に

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はじめまして。
ご覧いただきありがとうございます。

初のブログ投稿でございますので、簡単に自己紹介をしたいと思います。

私は1999年生まれ、社会人4年目の26歳です。
4年制の大学を卒業し、新卒から大阪で教員として働き始めました。今は、転職して石川県に移住し、会社員として働いています。
今年やってよかったことは
「Instagramとの付き合い方を変えた」「英会話」「週に一度の買い物」です。
これらについてはじゅんぐりと以降の記事で詳しく書いていきたいと思います。

最初に申しておきますが、この記事は教員から別職への転職のノウハウではなく、経験したことを書き連ねているだけでございますので、こんなひともいるんだなーぐらいで読んでいただけるとありがたいです。そして、今悩んでいる人の心が少しでも軽くなり、背中を押す、なんていうとおこがましいですが、今を変える一歩を踏み出すきっかけの一つになればと思います。

転職の理由は「自分の時間のなさ」

それでは、表題にもある教員からの転職について書いていこうと思います。

転職の理由は、ずばり「自分の時間が、ない」でした。
平日は6時に起きて、出勤。休憩時間の45分は生徒の給食指導に追われ、自分の昼食はかきこむor食べないの日々。そのまま職員会議、生徒議会、委員会、明日の授業準備、部活動.…etc 終わらせて8時半頃に帰宅、夕食の準備のやる気があればスーパーへ行きますが、気力がないのでコンビニのお惣菜で済ませる日々.…夕食後は脳も身体も疲れているため、ゴロリと無印のビーズクッションに倒れ込み、SNSを見て、そのうち寝落ち。3時ごろに起きてお風呂に入る..…そして就寝。
土日は部活動指導。私の担当は府内でもかなり強いチームだったのもあり、2日間とも丸一日部活動。遠征の日は5時起きからの夜11時帰宅。
半日の日もあったり、もう一人の顧問の方が「休みや!!!」と片方を休みにしてくださったこともしばしばありましたが、13連勤などあたりまえでした。

この記事を読んでくださっている方の中には教員の方もいらっしゃると思いますが、うんうんと頷いてくださると思います。(笑)
 
私の場合は周りの方々に恵まれ、比較的甘やかしてにもらっていたのに、これです。私より働いている方がほとんどでした。体力に自信のあった私でしたが、とにかく毎日ヘロヘロでした。
(詳しくは割愛しますが、保護者の対応もあり、メンタルも不安定な時期がありました。)

こんな生活の中で私の人生こんな仕事仕事仕事仕事仕事なのか..…?
生徒たちはもちろん可愛い。やりがいもある。仕事は嫌いじゃない。
でも私の生活は???
もしかしたら、もっといい人生の過ごし方があるんじゃないだろうか。
そう思って転職を決めました。

今は教員免許の更新が不要になったのもあり、「いつでも戻れる」ということも転職を決める後押しとなりました。10月ごろの面談で教頭に退職の意志を伝え、3月末に退職しました。

教員の転職は難しい!?

私が、退職、転職の旨を伝えた時に「教員の転職は難しいよ」と言われました。

そんなことを言われている中でも、退職したら、とりあえず旅行とか行ってぇ、おしゃれなカッフェで読書とかしながら、合間に履歴書書いて~ゆっくり転職活動しよ(^^♪と思っているような、甘ちょろ思考女の転職活動を書き連ねていきます。

(ちなみに退職時、私はこの時24歳でしたが、正直言うとそれまで就職活動をしたことがなく、教員採用試験以外の面接は、友達の紹介で行った近所のパン屋のみ。「千切りキャベツできる?」「はい!」「採用!!いつこれる?」みたいな、そんなレベルしか経験がありませんでした。(笑))

そして、きたる2024年4月1日、私は晴れて無職になりました。大阪の市内で駅近、大阪駅なんて歩いて10分ぐらいで着いちゃいます♪みたいな、大都会に住んでいた私は、毎日お気に入りのカフェに行きランチ♪スタバで1日2回コーヒーをのみ、はたまた新幹線で旅行、島根旅行、車を借りて奈良旅行、富山の実家に帰省など好き勝手して過ごしていました。

しかし、ある日の朝、銀行のアプリをみて膝から崩れ落ちました。驚くことに、収入がないのです。この時に初めて知ったのですが、教員(公務員?)は、その月に働いた給与はその月に支払われるらしく、私があてにしていた3月の給与は、なんと、すでに支払われていたのです。(あまりに、バカすぎる)ここで私は、残高減少恐怖症に陥ってしまったので、就職活動を始めました。

~ちなみに~
°˖✧残高減少恐怖症に耐えかねたわたしは、少しでも抗おうと近所の中之島美術館のカフェの短期バイトをみつけて働き始めます。(時給がよかった)エルメスのスカーフを巻き巻きしてヴァンクリのピアスをつけた女のひとにカップ&ソーサーのコーヒーをカタカタいわせながら片手で出すスリルは忘れません。°˖✧


わたしの転職の軸としましては、

・ワークライフバランスの両立(週に必ず2日は休みたい)
・毎日が同じ作業ではないこと。(日々違う刺激を得たい)
・自分の興味のある分野であること。できれば「和」に関わる仕事がしたい。

そのほか諸々細かい希望はありましたが、♡大阪愛♡とかは特に持ち合わせていなかったのと、両親の近くに引っ越した方がいいのかな~なんて考えていたのもあって、北陸と近畿の巨大すぎる範囲の中で仕事を探し始めました。

リノベーション系とか、インテリア系につきたいな~~。♡クリエイティフヴ・ウーマン♡の爆誕( ^)o(^ )
とか思っていたので、和風のリノベーションを行っている会社や、インテリアを扱っている会社をネットで調べて、会社のホームページを見漁り、未経験OKのものに片っ端から履歴書を送りました。

そして、

なんと、

全部見送られました。


何社かは面接できてそのうちのどこかには就職できるだろうと思っていたのに、全て書類で落ち、あれ?もしかして気づかないうちにヘブライ語とかで書いてしまって読めなかったのかな?と確認してみても特に不備もなく。(笑) ただ落とされただけで。

ハローワークにも行き、そこで職業訓練校でCADを習ってみるとかどう?と提案を受け、実際に学校の見学へ行くもあんまりピンとこない。

ウェブ面接を受けた(もちろん落ちた)時に紹介された、GUCCIの偽物みたいなロゴの入った赤と緑の帽子をかぶっている細スキニーの自撮りがアイコンの変な転職コンサルに丸め込まれて、某住宅メーカーの営業に履歴書を出されたり、今までの給料の1/3ぐらいしかなく何をしているかすらわからない会社の面接を組まれたりして。そしてその名前も知らない会社に仮内定が出たといわれ怖!!!!どこ!?誰?!何!?と焦ったり。
(後から思い返せば、ウェブ面接を受けた時にはその会社にはもう落ちていて、その面接官が転職斡旋のコンサルという変な罠に引っかかったのかな?と。)

ちなみにこの時で転職活動を始めて3週間とちょっとぐらい。今思えばなんてことないので、ク〇みて~な世の中だぜ( ^)o(^ )ぐらいに思っておけばいいのに、私って、価値がないのかしら…と若干しょんぼりとしていました。

かくかくしかじかありましたが、続けているうちに小さな建築事務所で仮内定がでました。未経験の私を雇ってくれたこと、とてもうれしく、ありがたいと思ったのですが、未経験だったのもあり、月の手取りが14万なことがネックでした。大阪の市内で1人暮らしでどうにかできるのか、?引っ越しはマストだな…マア、これも人生!いける!やればなんでもできる!と親の反対を押し切り内定承諾の連絡をしようとしていたら、
高校の時の友達に「建築士って物理だよね?高校の時、物理が嫌で生物選択してなかったっけ。」と冷静すぎる指摘を受けてあっけなく諦めました。文理選択から人生を間違えたと思うほどニュートンが恨めしいのに、ほとほと何も考えずに建築関係に行こうとしていた自分が嫌になりました。内定を出してくださった事務所にも丁寧に断りを入れ、無駄な時間を使わせてすみませんという気持ちでいっぱいでした。
あの時、冷静に止めてくれてありがとう。母も君に感謝していました。

そんなわたしが就職先を見つけたきっかけは、疲れることもないくせにスマホを見て疲れるという自堕落な生活に陥ってSNSを見ている時でした。

大好きなデザイナーさんが紹介していた旅館に興味を持ち、そのホームページをみて、高い旅館だけどいつか行ってみたいな~と思っている中、その旅館の求人をみたら、まあなんと素敵で。

直感でコレだ!と思い、その場で即座に履歴書を送り応募しました。
面接の準備をミスドにこもって行い、大学の友達に面接練習に付き合ってもらい、穴が開くほどホームページを見て、記事も遡って大量に読みました。希望職種とは違っていたのにも関わらず、今までとは比にならないくらい、ここで働きたい!と熱意を持って取り組みました。

そしてありがたいことに内定をもらいました。5月の中旬の話でした。

教員の転職を経験して

私と同様、新卒で教員になる方は多いと思いますが、その場合、「学校から出たことがない」んですよね。多くの場合、周りにもそう思われている。周りにも言われて嫌な思いをした人がいると思います。(そして私はこれを言っていいのは当事者の教員経験者だけだと思っている。なぜなら生徒としての学校と教員としての学校は別の場所であると思っているので)
加えて、学校の中には会社員→教員になった先輩は結構いたけど、その逆はだれ1人知らなくて。(当然っちゃ当然のことのなのだけれど)

この二つが「教員からの転職は難しい」というイメージに結びついていると思います。その他にももちろんあると思いますが。

教員からの転職活動を経験した身からすると、正直いうほどではないと思いました。確かに、書類で全部落とされた時は驚きましたが、あの小さな建築事務所のように未経験でも雇ってくれる会社は必ず存在します。

ただ、私のように業務内容を深堀せず、イメージだけで職を希望するとミスマッチが起き、先方にも迷惑をかけてしまいます。(反省)

私は、何とかなる精神で転職活動を始め、最初の希望とは別の職に転職しましたが、今は本当に転職してよかったなと感じています。

なんと、残業ゼロ&休日は3~4倍、睡眠時間は毎日8時間以上になり、ストレスと睡眠不足による頭痛からも解放されました。年収は少し下がりましたが、家賃が半分以下(しかも2LDK!)になったので、手元に残るお金と部屋の面積は増えています。仕事も楽しく、なんといっても北陸は本当に魚が美味しい。転職して、よかったーーーー!!!!と思いながら毎日を過ごしています。


以上教員から会社員へ転職した時のことを書いてみました。
読み返すとこれが人のためになるとは思えない内容ですが(笑)

自由時間と収入が反比例を起こしたために、ポイ活や節約、貯金にも興味を持ちました。(お買い物は大好きなままですが)

今後は、それらも書き連ねていこうと思います!

それではまた次の記事でお会いしましょう。


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